安藤貞雄「英語の論理・日本語の論理」 pp1ー8 (P1) 第1章 日本語の特質     A.類型論的な特徴 0.はじめに  日本語には、次のような類型論的な特徴がある。*をつけたものは、アルタイ語(トルコ語、蒙古語族、ツングース語族、朝鮮語)に共通に見られる特徴である(cf.市河・服部編、1955)。  まず、音韻のレべルから見ていこう。 l.* 語頭に子音が 2つ(以上)来ない  日本語には、英語の spring [spr-](春)、stress[str-](強勢)scrap[skr](小片)の ように、CCCで始まる語は存在しない。Cは子音音素を表す。詳しくは、第5章Bを参照。 2.* /r/音で始まる語がない  日本語の「ライバル、リーダー、雷鳥、冷房、力点」など、/r/で始まる語はすべてインドヨーロッパ語、もしくは漢語からの借入語であり、「ラ、ラシイ」などの接辞は、語中、語尾にしか生じない。小学生のころ、「しり取り」をしていて、「ラ行」で始まる語を言わねばならなくなると、手持ちの語がすぐ底をついてしまった思い出がある。それは、その種の語がすべて外来語であるためであるとは、無論その頃知るよしもなかったけれども。 (P2) 3.* 母音調和がある  上代日本語にも母音調和(vowel harmony)が認められるという説が有力であるが、現代日本語にもその傾向は強く残っている。たとえば、atama(頭)、karada(体)、kata(肩)はすべてaを含み、kokoro(心)、tokoro(所)、koto(事)はすべてoを含み、mimi(耳)、hiji(肘)はすべてiを含んでいる。これは、第1音節を発音したときの口つきを、第2、第3音節までも無意識に持続するため、どの音節にも同類の母音が生じたものと説明される。  補注 日本語のyamayama(山々)、korokoro(コロコロ)、soyosoyo(ソヨソヨ)、kirikiri(キリキリ)のような語に見られる同一母音の反復は、母音調和ではなく、重複(reduplication)によって生じたものと考えなければならない。同一の音節の<重複>は多くの言語に見られ、たとえば英語にも、次のような語が見えるからである。beh-beh(メーメー)、blup-blup(プクプク)、clock-clock(トクトク)、put-put(パッパッ)、tick-tick(カチカチ) 4. 開音節が基本的である  音節の構成が単純で、基本的に開音節、すなわち、「子音+母音」(CV)から成り立っている。一方、アルタイ語や英語は、閉音節(CVC)によって特徴づけられる。第5章Bを参照。  日本語は母音言語、英語は子音言語と呼んでいいと思われるが、このことの持つ文化的含みについては、第12章I節を参照されたい。 5。日本語はモ―ラ言語である (P3)  音韻的長さの単位で1拍の長さをモーラ(mora)と言うが、共通日本語を発話する場合は、音節よりもモーラが有意義となる。たとえば、/koto/(琴)、/koo/(甲)、/kon/(紺)は、音声的にも音韻的にも、それぞれ2音節、1音節、1音節であるけれども、いずれも長さがほぼ等しく、2モーラである。/kon/は、英語のcon[kon]のように1音節に発音されるのではなく、ko-nと2モーラに発音される。 1)以下の記述で、[]は音声記号を、//は音素記号をくくるものとする。 6.* 母音の長短が音韻的に対立する  日本語では、母音の長短は弁別的(=単語の意味を区別する)であるから、次の4語はそれぞれに対立する(佐久間、1941)。 (1)koto(琴)、kotoo(孤島)、kooto(コート)、kootoo {高等)  一方、英語では、母音の長短は母音の性質や音声的環境によって決まってくるので弁別的ではない。たとえば、cot[kot]とcaught[ko:t]は、音韻的には、共に/kot/と解釈される。  次は、文法のレべルの相違を見ることにする。 7.* 日本語には冠詞がない 次の(1)aの英文に対応する(1)bの日本文には、冠詞がかけている。 (1)a.The whale is a mammal.    b.クジラハ 哺乳動物デアル。 8。* 名詞。代名詞に文法的性がない  ドイツ語には3つの性(男性、女性、中性)があり、フランス語には2つの性(男性、女性)があるが、日本語や現代英語には性はない。ただし、日本語は名詞が有生(animate)であるか、無生(inanimate)であるかに関心があって、それは、存在の動詞「アル、イル」の選択に関与してくる。 (1)a.明日、試験がアル。 1)以下の記述で、[]は音声記号を、//は音素記号をくくるものとする。 (P4)    b.机ノ上ニ箱ガアル。    c.重大ナ欠陥ガアル。    d.本社ハ東京ニアル。 (2)a.東京ニハ人ガ大勢イル。    b.構ノ中ニライオンガイル。    c.ぺンギンハ南極ニイル。 (1)は無生名詞を主語とした例であり、(2)は有生名詞を主語とした例である。 (3)a.昔、爺サマト婆サマトガアリマシタ。(「瓜姫」)    b.嘉六トイウ男ガアリマシタ(「鶴女房」)    c.3人の船方ガアリマシタ(「犬と猫と指輪」) のように、日本の昔話の中では、規則的に有生名詞に「アル」が用いられている。この「アル」は、特定の人物を昔話という世界の中に「存在物」として登場させる用法と解される。  また、名詞の有生/無生の対立は、次節で触れるように、「タチ、ラ」の選択にも関与する。すなわち、これらの接尾辞をとるのは、有生名詞に限られる。 9.文法的な数が存在しない  日本語には文法的な数(number)はないとされる(これは、もちろん、日本人に数(かず)の概念がないということを含意しない)。まず、 (1)人々、山々、家々、日々 のような重複形はあるが、これは複数を表すというよりも、不定数の“集合”を表すものなので、数詞を伴うことができない。 (2)*3軒ノ家々、*10日の日々 また、 (3)*男々、*犬々、*川々 と言えないのを見ても分かるように、生産性がない。  次に、「タチ・ラ」という接尾語はどうか、上で触れたように,これらを有生名詞につけて、 (P5) (4) 君タチ、弟タチ、犬タチ のように言うことはできるが、無生名詞につけて、 (5) *本タチ、*花タチ、*山タチ と言うことはできない。母親が幼いわが子に向かって、 (6)キレイナオ花サンタチネ。 と言うことは可能であるが、これは明らかに擬人化であって、反例にならない。また、有生名詞でも、数詞を伴った場合は,「タチ・ラ」をつけることが余剰的(redundant)になる。 (7)花子ニハ3人ノ弟/?弟タチガアル。  日本語の「タチ・ラ」を複数語尾と見ることには,さらに2つの難点がある。1つはそれらが複数動詞との共起関係を持たないという点である。 (8)a.机ノ上ニ猫ガ1匹/2匹イル。    b.There is a cat on the desk.    c.There are two cats on the desk. の場合、日本語は、英語などとは違って、猫は1匹いても2匹いても、「イル」という動詞の形式に変化が生じない。  もう1つは、(9)で見るように、「タチ・ラ」が固有名詞についた場合である。 (9)花子タチハ、モウ京都へ着イタカシラ。 の「花子タチ」は「花子」が2人以上いるのではなく、「花子を含むグループ」または「花子とそのグループ」の意味である。しかも、その中には男の子が混じっていてもさしつかえない、対応する英語はHanakosではなく、Hanako and othersまたはHanako and her groupであろう。 l0.* 関係詞がない  次の(1)において、aに対応する日本文bには関係詞がない。 (P6) (1)a.I know a man who eats glass.    b.私ハ、ガラスヲ食べル 男ヲ知ッテイル。 ところで、『岩波国語辞典』(第3版)の「ところ」には次の用例があり、「西洋語の関係代名詞の翻訳法から広まった」と注記されている。 (2)ソノ規定ガ及ブトコロノ対象 しかし、(3)のように、すでに10世紀中葉の『竹取物語』にも「ところの」が用いられているので、西洋語の翻訳借入とは言えない。 (3)たてこめたる所の戸(『竹取物語』) 「ところの」の関係代名詞的な用法は、次のような漢文の訓読法から来ていると考えるべきであろう。 (4)a.問(下) 其所(二) 興飲食(一) 者(上)(孟子、離婁下)     b.ソノ飲食ヲ共ニセシトコロノ者ニ問ウ この「トコロノ」は、「AトコロノB」の形で用いられ、AがBの連体修飾語であることを明示する働きをする。そのことは認めなければならないが、所詮は漢文の借入語法であり、文を重々しくするという短所がある。 ll.* 日本語は0V言語である  英語、ドイツ語、フランス語などがVO言語であるのに対して、日本語は、OV言語である。 (1)Taro cut his finger.      V  O (2)太郎ハ 指ヲ 切ッタ。         O  V 12.* 「修飾語+主要語」の語順になる  この点は、英語も同じである。 (1)a.a beautiful girl    b.美しい 少女 (2)a.very quickly    b.トテモ 速ク (P7) l3.* 前置詞の代りに後置詞(=助詞)を持つ (1) by bus   バス デ     1 2    2 1 (2)with a pen   ペン デ     1  2   2  1  この場合、日本語と英語の語順は鏡像関係になる。なお、前置詞は直後の名詞句の一部分のように発音される後接語(proclitic)であるのに対して、後置詞は直前の名詞句の一部分のように発音される前接語(enclitic)である。 l4.*動詞の変化は膠着法による  次の3つの同義文を比較されたい。 (1)a.ラテン語:amabor.    b.I shall be loved    c.私ハ愛サレルダロウ。 aのラテン文では、動詞の変化は屈折によっており、Hi11(1958)によれば、amaー(語幹)、bー(未来)、ーor(直説法、1人称)と分析される。一方、bの英語shall be lovedは分析的であり、cの日本語「愛―サレル―ダロウ」は、膠着法により、接辞(affix)が次々と連結されている。  次の例では、動詞のあとに6つの助動詞が膠着している。 (2)花子ハ、マダ結婚―サセ―ラレ―タク―ナカッ―タ―ダロウ。 現代英語は、多分に分析的な言語であるが、sing-sangには屈折が残っているし、 un-gentle-man-li-nessなどの派生(derivation)には膠着が見られる。 l5.* 所有構文の代りに存在構文を用いる  日本語では、「xガyヲ持ツ」という言い方をしないで、「xニyガアル]という言い方をする。 (1)a.私ニハ、子供ガ3人アル。 (P8)  b.I have three children. 無生名詞の場合は、存在構文が義務的になる。 (2)a.コノ部屋ニハ、窓ガ2ツアル。    b.This room has two windows. (3)a.ソノ都市ニハ、世界一高イビルガアル。    b.The city has the highest building in the world. l6.* 比較構文に助詞を用いる  比較構文において、thanのような接続詞を用いないで、助詞の「ヨリ」を用いる。 (1)John is older than Mary. (2)ジョンハ、メアリーヨリ背ガ高イ。 l7.* 疑問文は助詞でマ―クされる  疑問文を作るとき、インドヨーロッパ語では、「主語・述語」の倒置によるのに対して、日本語では、平叙文の末尾に疑問を表す助詞、「カ」をつける。 (1)Are you learning English? (2)アナタハ、英語ヲ勉強シテイマスカ。 l8.*日本語は左枝分かれ言語である  英語やフランス語は、右枝分かれ言語であるが、日本語は左枝分かれ言語である。つまり限定修飾節は、英語やフランス語では主要語の右側に現れるのに対して、日本語では、主要語の左側に現れる。これは、∫11で述べた、日本語がOV言語であり英語やフランス語がVO言語であることの必然的な帰結である。