金田一春彦「日本語・下」 pp5ー7 (P5) 二  種々の文字の使い分け   五種類の文字   日本の文化は雑種文化だと言うが、日本語の表記ぐらい、世界各国の種々の文字を組合わせて使っている例はほかにない。    Yシャツ  見切り品  ¥2、000より  そのへんでザラに目に入る文句であるが、この短い中にすでに「漢字」と呼ぶ、上代に中国から伝わった文字、「カタカナ」「ひらがな」という、日本で発明した二種の文字、「ローマ字」という、ローマ帝国から欧米各国にひろまって日本に入った文字、「アラビア数字」という、インドからアラビアを通ってヨーロッパに行き、日本に渡って来た文字ーー、都合五種類のものを使い分けている。   表音文字と表意文字   世界の文字は、大きく分けて、〈表音文字〉と〈表意文字〉の二つに分かれる。表音文字というのは文字が音だけを表わすもので、たとえば、仮名などは代表的なものだ。「こ」という文字はコという音だけを表わすから、コという音が使われる言葉なら何にでも使える。「コドモ」でも「ココロ」でも「こ」を書いてよい。   それに対して、表意文字というのは、発音と一緒に意味を表わす文字で、漢字はその代表だ。たとえば「子」という文字はコという音も表わすが、同時に「親子」の「子」の意味を表わすから、「コドモ」は「子ども」と書いてもいいが、「ココロ」を「子頃」などと書くわけにいかない。「コノアイダ」というのを「子の間」と書いてはいけない。つまり漢字というものは、発音だけではなくて、一緒に意味も表わす特殊な文字だということになる。 (P6)  世界の文字は、多くは表音文字で、仮名・ローマ字・ハングル(韓国・北朝鮮の文字)、あるいは昔のギリシャの文字などが表音文字であり、発音だけしか表わさない。このほかに、インドの文字、アラビアの文字なども表音文字である。  漢字はその点、大変珍しい文字である。発音のほかに意味も表わす表意文字というのは、漢字のほかには、強いて言えば、アラビア数字――1、2、3……がそうだ。「1」は「イチ」と読み、数のイチを表わすときにしか使えないから、「位置」の代わりに使って、「横浜は東京の南に1する」と書くことはできない。1は「場所を占める」という意味をもっていないからである。もっとも数字は数しか表わせないから、表意文字といってもずいぶん特殊なものだ。 表意文字のいろいろ しかし、古い時代には漢字以外にも、広く使われた表意文字があった。代表的なものはエジプトの文字である。左の図に示すような、絵のようなおもしろい文字である。現在こういう文字は全然どこにもないかというと、先年、京都大学の言語学教授・西田龍雄が、モソ文字という変った文字を発見し、『生きている象形文字』の中に報告している。これは、中国の雲南省で今も使われているという。 (P7)   だが、残念ながらこの文字は、使っているのは宗教関係の人だけで、社会に広く通用しているのではなさそうだ。結局、表意文字の中で今広く使われているのは漢字だけであり、それから表意文字と表音文字と両方あわせて使って生活しているのは、日本のほかに韓国だけだ。  同じ言葉の違った表記  日本では、このような違った種類の文字を混用することから、日本語に限ってあらわれる特殊な現象がある。たとえば「ハルガキタ」「はるがきた」「春が来た」「春がきた」「ハルが来た」。このうち一番標準的なのは三つ目の漢字・平仮名まじりであるが、ほかのように書いても間違いとは言えない。英語ではこういうことはない。英語では "Spring has come." というのが正しい形で、これを変えて書こうとしても、せいぜい全部を大文字にして "SPRING HAS COME." と書いたり、各単語のイニシャルだけ大文字で書いたりするくらいしか方法がない。  日本人は、漢字が思い出せない時は仮名で書いておく、それで間違いではないという習慣がある。これは外国人を驚かす。外国人は、漢字で書く字は必ず漢字で書くものだと思っている(松田麻耶子『外から見た日本語』)。 口  水  パンのかたまり  アシの葉  ツノマムシ  ミミズク