安藤貞雄「英語の論理・日本語の論理」 pp126ー129 (P126) 第6章 文字体系の比較 A.文字の種類と機能 1. 文字の種類  今日、世界で用いられている文字は、大きく表意文字と表音文字の2種に分けられ、 表音文字はさらに、音節を表すものと、単音を表すものに下位区分される。  (1)a.表意文字:漢字     b.表音文字 音節文字:仮名            単音文字:ローマ文字、ギリシア文字、アラビア文字、            ハングル文字、etc.  現行の、代表的な表意文字は、中国や日本、韓国、べトナム(現在はローマ字)などで用いられている漢字で、これは、後述するように、文字(letter)というよりも、語(word)である。もっとも、仮名を持たない中国では、アルファべット圏の固有名詞を転写する場合には、次のように、漢字を表音文字として使用している。  (2)Shakespeare 渉士比亜 Milton   米称頓   Goethe   歌徳 Dostoevsky 陀斯妥也夫斯基 これらの場合、「歌」はGoeを、「頓」はtonを、「亜」はaを表しているので、漢字は音節文字と単音文字の両方に使用されているこ (P127) とが分かる。(中国語に、日本の仮名のような、純粋な表音文字がないことが、中国の近代化の足かせになるのではないか。)  音節文字の代表的は例は、日本の仮名である。平仮名は、漢字の草書体から発達し、片仮名は漢字の字画の一部を利用して作られている。インド系文字は、すべての子音文字がaを含んだ音節文字であるが、a以外の母音は、子音字に特定の母音符号をつけて表すので、これは音節文字と単音文字との合いの子(hybrid)と言うことができる。  単音文字は、いわゆるアルファべットで、今日、地球上で最も普及している文字である。単音文字の代表は、ローマ字(=ラテン文字)、ギリシア文字である。ギリシア正教とともにロシアに伝わり、現在スラブ圏で使用されているキリール文字も、ギリシア文字から派生した単音文字である。朝鮮語の音韻を表すハングル文字は、単音文字であるが、音節ごとにまとめて表記されるので、音節文字の特徴をも具備していると言える。たとえば、ス/s/と1/o/は1つにまとめて  と表記されて、/so/という音節を表す。 2.どの文字体糸が最適か  西欧の言語学者の書いた言語学の入門書には、書記法は、絵文字ー→表意文字ー→音節文字―→単音文字という順序で発達し、したがって単音文字がもっとも進んだ書記法である、というような記述をしているものが多い。しかし、こういう主張には個別言語の特性への洞察が欠けている、と言わなければならない。エジプト象形文字からフェニキア文字をへて発達したラテン文字、ギリシア文字、スラブ系文字については、そう言っていいかもしれないが、共に表音文字である音節文字と単音文字のどちらが経済的、効率的であるかは、音節の数と性質のいかんによって決まってくるのであって、無条件に単音文字のほうがより発達した段階である、と言うことはできない。前章で述べたように、英語の基本的な音節構造はCVCで (P128) あり、日本語のそれはCVであった。子音(C)で終る単語が基本的である場合、単独の子音を書き表す文字が必要不可欠になる。しかし、佐久間(1943)の言うように、「それが発達したのは、発明した民族がすぐれていたというよりも、その言語の性質がこれを要求したため」と見るべきである。  基本的な音節構造がCVCであり、異なる音節の数が3,800を越える英語には、仮名のような音節文字が不向きであり、アルファべットが最適であることは明らかである。一方、日本語にとって仮名のような音節文字が適切であることについては、3つの理由をあげることができる。  第1は、日本語においては可能な音節の数が98しかないので、「いろは」の48文字と、2つの分音記号(diacritical mark)、つまり、濁点(゛)と半濁点(°)とがあれば、日本語のあらゆる可能な音節を網羅的に表記することができる、ということである。  第2は、日本語がモーラ言語であり、モーラが基本的な音韻単位であることである。  第3は、日本語の音節が(「ン」を除いて)すべて/a、i、u、e、o/のどれか で終わる開音節であることである。もし日本語に「ん」以外の子音で終わる語があったなら、必然的に単音文字が必要とされたであろう。ありようは、日本語には子音のみを表記する文字を必要としなかった、ということにすぎない。  日本語の書記法として、現行の漢字仮名まじり文と、単音文字であるローマ字による表記のどちらが読みやすいかと言えば、疑いもなく、前者であることが納得されるはずである。(この点については、本章の後段で再論する。) 3.日本語の文字体系  日本語の書記法として現在一般的に行われている漢字仮名まじり文は、「我が国の社会や文化にとって有効適切なもの」(常用漢字表 (P129) 前文)と評価されている。漢字、平仮名、片仮名の3種類の文字を併用するのはひどく贅沢であり、かつ、非効率的であると思われるかもしれないが、にもかかわらず、日本語にとってはこの書記体系が最適であるとすれば、その理由は何であろうか。  まず考えられることは、3種の表記体系の“分業”ということである。すなわち、漢字は、主に名詞、形容詞、動詞などの、独立した意味単位をなす<内容語>(content word)の語幹として用いられ、平仮名は主に<機能語>(function word)として用いられ、片仮名は主に外来語や動植物名に用いられる、というものである。このような文字の“分業”は、効率的であるし、また、漢字はアナログ的であり、仮名はデジタル的であるという特質も、識別しやすさに大きく寄与していると思われる。  こうした情況は、英語において抽象的な観念を表す<内容語>の大半はギリシア、ラテン語起源であり、基礎語彙や<機能語>がアングロ、サクソン系であるのとやや似ている。違うのは、日本語ではその使い分けを漢字と仮名でしているという点である。また、外来語を日本語では片仮名で表し、英語ではイタリック体で表す点にも、類似点が見られる。  橋本(1980)は、平仮名、片仮名という、2セットの字母を使っているのはずいぶん無駄なことであり、平仮名にサイドラインをするか、アンダーラインを加えるというようなことで、容易に解決のつく問題であるとしているが、現代日本語にあふれており、ますます増えてとどまることを知らないカタカナ語の現状を考えれば、片仮名を捨てられる見込みは、きわめて少ないと思われる。