上山あゆみ「はじめての人の言語学」 pp28ー31 (P28) 2.1.単語の中の単語 2.1.1.「やまとことば」  全体として1つのことばでも、その意味が部分部分のことばの意味の組み合わせからできあがっていることがある。 (1)ひな‐まつり、砂‐けむり、一人‐旅、昼‐ごはん、    テレビ‐番組、野菜‐サラダ、横断‐歩道、証明‐写真、 (2)肩‐かけ‐かばん、駐車‐禁止‐区域、バイク‐専用‐道路、 (3)書類‐脱落‐防止‐ロック、書道−教室‐体験‐入学 (4)学校‐給食‐指定‐専門‐工場、市内−全域‐空室−情報‐センター これらは1つの単語の中にいくつもの単語がふくまれた複合語である。複合語の中では(1)のように2つの単語からできた複合語がもっともよく見られるが、(2)のように3つ、(3)のように4つ、(4)のように5つもの単語からなっている複合語もある。  また、‐で区切った部分をそれぞれ見ていくと、カタカナのもの、音読みの漢字のもの、ひらがな/訓読みの漢字のもの、と3種類ある。「カタカナ語」には西洋語からの借用語が多く、音読みの漢字で書く「漢語」には中国からの借用語が多い。これに対して、ひらがなや訓読みの漢字で書くものは、たいてい日本語本来の「やまとことば」である。「やまとことば」にはカタカナ語や漢語とは異なる特徴がいくつかあるので、この節でそれらを紹介してみたい。音読みの漢字で書くものの中には実際に借用したのではなく日本人が応用して作りだしたものもあるが、「やまとことば」の特徴を示さないので漢語のグループにいれておく。また「コンセント」や「バックミラー」などのいわゆる和製英語も同じ理由でカタカナ語のグループにいれることにする。 (P29)  この節で注目するのは、複合語の中にふくまれているそれぞれの「単語」をどういう音で発音しているかということである。時には独立して使われる場合と少し異なった音が用いられているのに、私たちは特に意識せず同じ単語のように感じている。実際にはどのような音を用いているのか観察していきたい。 2.1.2.連濁 あのね、ゴミはこじやないの、ゴミばこ。ゴミはこなんて言いにくいでしょ。にごればいいのよ、にごれば。 ワカリマシタ。デハコノカミグズヲクズガゴニステテキマス。 複合語では濁点が加わることがありますが、いつもとはかぎりません。 「花」が「はな」であり「声」が「こえ」であることは当然と思われるが、これらが複合語の中にふくまれると、「ばな」とか「ごえ」とか発音されることがある。 (5)a.草花=くさばな    b.押し花=おしばな (6)a.笑い声=わらいごえ    b.歌声=うたごえ  このように複合語の内部で他の単語に続くとき濁点のついた発音になる現象は連濁(れんだく)と呼ばれる。「はな」と「ばな」ではかなり異なった音なのに、複合語の中では「ばな」でも「花」の意味を表していることを不思議に思うことさえない。この連濁はどういうときに起こるのだろうか。  連濁をふくむ語はたいへん多い。 (7)長靴、げた箱、入り口、甘酒、荷車、百円玉、昔話、流れ星、    一人暮し、神だのみ、雪どけ、足ぶみ、土砂降り (P30) 当然のことながら、有声音で始まる単語に対しては濁点がつくことがないので、連濁がおこることもない。 (8) a。色水=いろみず     b.色紙=いろがみ (9) a.朝もや=あさもや     b.朝霧=あさぎり (10)a.田舎者=いなかもの     b.田舎侍=いなかざむらい  複合語の中の単語が無声音から始まっていても、漢語やカタカナ語の場合は連濁しないのが普通である。 (11)ガラスケース、グランドピアノ、カラーテレビ、     入学試験、放送作家、特別急行、訪問販売 ただし、前の方の単語が漢語やカタカナ語であっても、それに続く単語が「やまとことば」の場合は連濁がおこる。 (12)ガラスだな、ポール紙、ズック靴、電信柱 つまり、連濁する語というのは無声音から始まっている「やまとことば」に限られていることになる。  しかし、無声音で始まっている「やまとことば」なら必ず連濁するわけでもない。まず、2つの語が対等な立場の場合、連濁が起こらないようである。 (13)親子、目鼻、足腰、白黒 また次の例を見てほしい。どれも連濁を起こしていない。 (14)ぬりかべ、虫かご、ながそで、五寸くぎ、紙芝居 花ことば、首かざり、ざるそば、あらさがし、大さわぎ (P31) 連濁する場合と(14)とをよく比べてみると1つの違いに気がつく。(14)にあげた単語はどれも、後の方の語の中にすでに濁音がふくまれているのである。連濁を起こすのは後ろの単語にもともと濁音がふくまれないときに限られるようだ。  以上が連濁の原則的な条件である。この条件で連濁のかなりの部分が整理できるが、どうしても例外は残ってしまう。例えば漢語の中にも少数連濁するものがある。 (15)株式会社、運送会社、青写真 また「なわばしご」のように濁音がふくまれている「はしご」が連濁するもの、反対に「傘たて」とか「干ししいたけ」などのように、連濁しそうなのに連濁しないものなど、すべてを整理するのはなかなか難しいことである。 2.1.3.連濁以外の変化  複合語の中で単語の音がかわるのは連濁の場合だけではない。次のような例もある。 (16)船=ふね  hune→huna‐     a。船歌=ふなうた     b。船酔い=ふなよい     c。船人=ふなびと     d。船着き場=ふなつきば     e。船旅=ふなたび (16)を見ればわかるように、複合語の中では「ふね」が「ふな」という音になること。がある。このような例は連濁ほど多くないが、他にもいくつか見つけることができる。