金田一春彦「日本語・下」 pp60ー63 (P60) 2 外国語からの影響  洋語の氾濫  日本語は、そういうわけで、系統的にみて他の言語から孤立しているが、もう一つ、日本語とほかの国の言語との交渉はどうだったかという問題に入る。筆者に言わせると、日本語は他の言語と交渉が少ない方だったと言ってよいようだ。  他の言語との交渉が少ないというと、すぐ反論が出そうだ。今の世のおびただしい洋語の氾濫はどう見る、これで他の言語との交渉が少ないと言えるか、など。たしかに、 魅力のショッピングゾーンは、快適ライフに必要なグッズだけでなく、情報から、あらゆるサービスまで提供してくれる。「インフィニティクラブサービスショップ」では、家具・電化製品・ファッション等のレンタル、旅行・コンサートのチケッティングができる。ライフスタイルに応じたアイテムを手軽にそろえられるのがうれしい。(『ぴあ』昭62・12・11号) (P61) というような文章を見ると、日本語の汚染の激しさに眉をひそめたくなること、筆者も読者各位と同様である。  洋語を使う元凶は官庁で、通産省がニューメディア・コミュニティーを打出せば、郵政省はテレトピア事業をはじめ、建設省がシェイプアップ・マイタウン計画を、中小企業庁はコミュニティー・マート構想をかかげる(『言語』昭61・1最上勝也)。  一般にこういう洋語が多く使われているのは、衣料品関係・化粧品関係・自動車関係・ホテル関係、それから芸能界・スポーツ界で、これらは、あるいは特定の趣味をもった人たちに売り込もうとする人たちであり、あるいは実生活から遊離した世界のことであるから、それほど重大視することもない。問題は官庁の人たちが、使わなくていいところに、一般の人たちに理解できないような洋語を使い、一般の人の頭を混乱させることで、これは絶対にいけない。官庁というものは、自分のえらさを見せる必要は全然なく、商品を売る必要もないのだから、一般の市民にわかるような言葉で呼びかけるべきであって、このようなカタカナ言葉の安易な多用をぜひ反省していただきたい。  とにかく戦後、英語から日本語に多くの語彙が入って来たために、中には本来の和語を駆逐したもの、あるいはしつつあるものがある。例えば、 (P62) バス→乗合自動車 ハンガー→衣裳かけ スプーン→匙 ミルク→牛乳 ノート →帳面 キー→鍵 ピンク→桃色 バス→浴場 などが、和語・漢語の位置をおびやかしている。  洋語の増えかた  ところで、これらの洋語は日常語にどの程度の割合いを占めているものだろうか。昭和三一年度に国立国語研究所が雑誌九〇種の用語用字を調査した結果によると、日常使われている単語の比率は表1のようだったという。それから四一年度に、朝日・毎日・読売の三新聞について、朝夕刊一年分を対象として調査したところでは、異なり語数は表2のようだったという。ただし、昭和五五年に、野元菊雄が、語学関係者の会話にみる日本語の語彙の構成比は、表3のようだったという(石綿敏雄『日本語のなかの外国語』による)。 表1     異なり語数   延べ語数 和語  36.7%   53.9% 漢語  47.5    41.3 洋語   9.8     2.9 混種語  6.0     1.9 表2     異なり語数 和語  38.8% 漢語  44.3 洋語  12.0 混種語  4.8 表3     異なり語数  延べ語数 和語  46.9%  71.8% 漢語  40.0   23.6 洋語  10.1    3.2 混種語  3.0    1.4  それぞれ計算をした資料の種類がちがうから簡単には言えないが、表2の時代より二○年たった今日、洋語の異なり語数はこの数倍に増えていそうである。しかし延べ語数はせいぜい表1の二倍足らずの五%ぐらいではなかろうか。洋語はカタカナで書かれるというようなことから、実際以上に目立つということがある。したがって生活の基本のところを表わす語彙は少なく、また生まれてはすぐに消えてゆくものが多いことも想像される。 (P63)  洋語の影響  このような洋語が多く入って来たのは、明治以後であるが、その結果、ティ、ディ、トゥ、ドゥ、ウィ、ウェ、ファ、フィ、…のような音のつく単語を日本語の中に作った。が、考えてみると、これらはいずれも過去の日本語にあったもの、一度、滅びたものを復活させたものばかりである。もしlとrとの区別が生まれたら、日本語になかったものが生まれたのであるが、洋語はそのような変化を日本語の中に生じさせなかった。  文法の面でも、明治以後の洋語は、日本語に新しい言い方を生じさせた。たとえば「彼女」という代名詞、あるいは「…に対して」「より大きい」「上りつつある」などがそうであった。また、「戸は開かれたり」「賽は投げられた」のような、無生物を主語とする受動態などが洋語の影響で多く用いられるようになった。